ゆうくんのお散歩(69)2014.11.5

2014年1月13日から、私のスマートフォンに残った写真を、撮影日順に綴ってきた「ゆうくんのお散歩」。

今日は少し先の日付です。







今日はゆうくんの一周忌。





実は、2014年11月5日付の、ゆうくんの写真は1枚もありません。



11月1日の記事でも書かせていただきましたが、3日前、11月2日はデュークの命日です。

日付が3日にかわったとたん、ゆうくんは持病のてんかんの大発作をおこしました。

一時は小康状態となり、3日の夜にはさんざん迷いましたが、意を決してお散歩に連れていきました。

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2014年11月3日20時40分撮影。
このブレブレの写真が、ゆうくんがお散歩した、最後の写真になりました。

翌、11月4日になっても容態は思わしくありません。いえ、明らかに深刻でした。
この日ママは、ゆうくんを連れて、遠い「ぬのかわ犬猫病院」さんまで二往復しました。

そういう状況だったので、この日も写真はほとんど撮っていません。

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2014年11月4日16時58分撮影。
私の撮ったゆうくんの写真としては、生涯最後のものとなりました。

病院では、深刻であることは確かだが、まだ命にかかわるようなことはないだろうとの診断だったと記憶しています。

そして11月5日。

私は仕事に行きました。
どう考えてもただごとではないゆうくんの状況に、休もうかと思いましたが、事情があって休むことはできませんでした。
朝早く出なければならず、おそらくゆうくんは寝ていたのではないでしょうか?
愚かにも、最後に見たゆうくんの姿をどうしても思い出すことができないのです。

まさか、仕事中に逝ってしまうなんて、これっぽっちも思わなかったから。

ただ、後ろ髪を引かれる思いだったことだけは覚えています。

そして14時。

たまたま休憩に入ったところで、椅子に座った瞬間に携帯電話がなりました。

ママからでした。

昼頃、ゆうくんを最後の大きな発作が襲い、意識を失った。

前日、ぬのかわ犬猫病院で診察を受けた時、万一、大きな発作が起きたら、躊躇なく、一刻も早く最寄りの病院に行って蘇生措置を依頼するよう言われていたママは、その通りしました。

しかし。

まだ蘇生措置が続いていましたが、ママはもう回復は望めないことを伝えました。

どう答えたかまったく記憶にありませんが、私は蘇生措置を終えてもらうよう伝えて電話を切りました。

正直、飛んで帰りたかった。しかし仕事を放り出すわけにはいかず、所定の時間までは務めました。(完全に上の空だったので、職長に「帰れ!」と罵倒されましたが、詫びて最後まで務めました。)

帰ったとき、ゆうくんはいつものように「わんわん!」と吠えながら走ってきてはくれず(外では無理でしたが、家ではあの不自由な足をものともせず、走ったんですよ)、静かに眠っていました。二度覚めることのない眠りを。

だから、11月5日の写真はありません。

いえ、「生きている」ゆうくんの写真はありません。

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日付をたどると、上の写真の次はこの写真です。

2014年11月5日19時13分撮影。

虹の橋にお散歩に行ってしまったゆうくんの、最初の写真になりました。

お世話にぬった病院に、遺体の必要な処置をしていただくために赴いた際の写真。



ゆうくん


ゆうくん


1年たっちゃったんだね


パパは、まだまだぜんぜんダメダメです。


今朝、徹夜の仕事から帰ってきて、昼間は仕事がなくて。

「5日だなあ」と思ったらたまらなくなって、こみ上げるものが抑えられなくなって、大声で泣きわめいてゆうくんをよび、ゆうくんにあやまり続けました。

聞こえたかな?

情けないパパだねえ

今日は午後2時もいられたのに。

いつのまにか眠ってしまって起きたら1時30分。(万一のためにアラームをふたつかけてありましたが。)

午後2時ちょうどに目を瞑って、手を合わせました。










どんな事情があろうと仕事に行くんじゃなかった。自分で決めたのだから誰のせいでもないけれど、私はこの後悔を終生忘れることはありません。


ごめんね、ゆうくん。


悪いパパで、馬鹿なパパでごめんね。




ごめんね。

本当にごめんなさい。

ママとココアのこと、守ってね。


























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明日から、いつもの「ゆうくんのお散歩」に戻ります。

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by pomedukeyu | 2015-11-05 19:32 | ゆうくんのお散歩